はじめに
2026年6月27日、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)高等教育学名誉教授のロナルド・バーネット教授は、東京の中央大学で開催された日本マネジメント学会第93回全国研究大会において基調講演を行った。
講演のタイトルは、次のとおりである。
「シビック、グローバル、エコロジカル――大学の協働的使命に向けて」
この講演は、21世紀の大学が直面する中心的な問いの一つを探究するものである。
大学は、その知的誠実性や社会的使命を失うことなく、シビックな責任、グローバルな圧力、そしてエコロジカルな課題に、どのようにして同時に応えることができるのか。
ここでいう「シビック」とは、大学が市民社会に対して果たす公共的役割と、地域社会との関わりを意味する。
バーネット教授は、自らが提唱してきた「エコロジカル・ユニバーシティ」という重要な概念を基礎として、今日の大学は複数の外部領域の中に存在し、それぞれの領域がより広範なエコシステムと複雑に絡み合っていると論じる。
これらの領域は互いに緊張関係にあり、ときには解消不能な対立関係に陥ることもある。バーネット教授は、こうした差異や緊張関係を解消しようとするのではなく、大学が差異と共に生きることのできる新たなエートスを発展させるべきだと提唱する。それは、対話、開放性および知的責任に根差したエートスである。
講演の結びでは、大学のリーダーシップについて論じられる。リーダーシップは、異なる視点が表明され、相互に理解されるための場を開かなければならない。その一方で、マネジメントには、不確実で複雑な状況の中で意思決定を行う責任がある。
講演後の討論(質疑応答)では、緊張関係、解消不能な対立、承認、リーダーシップおよび大学における意思決定をめぐる対話を通じて、これらのテーマがさらに掘り下げられている。
バーネット教授による講演録全文の確認と修正を受け、総合教育研究財団は、教授による実質的な修正と知的意図を保持しながら、文法、用語および文章上の一貫性を確保するための最終編集を行った。
総合教育研究財団は、本編集講演録の作成を快く許可してくださったバーネット教授に、心より感謝申し上げる。
この編集作業は、教授の思想に深く、かつ緻密に向き合う非常に貴重な機会となった。本講演録が、原講演の特徴と内容を忠実に保持しながら、教授の講演をより広い国際的な読者に届けるものとなることを願っている。
編集注記
本講演録は、当初、総合教育研究財団の最小限編集方針に基づいて作成された。編集上の介入は、講演者の意味、構成および話し言葉としての語り口を保持しながら、文字起こし上の誤りを訂正し、可読性を高め、書式を統一することに限定した。
その後、ロナルド・バーネット教授が講演録全文を確認し、講演の意味と意図をより十全に表現するため、内容の明確化、修正、加筆および段落単位での変更を行った。これらの著者による修正は、すべて英語版講演録に反映されている。
さらに総合教育研究財団は、最終的な編集作業を行い、文法、表記および句読法
したがって、本日本語版の底本である英語版は、「著者確認・修正版講演録」として刊行されている。
司会者による紹介
皆さま、おはようございます。
常葉大学の文 載皓です。本セッションの司会を務めます。
本大会の特別企画として、本日はロンドンからオンラインでご参加くださる特別講演者をお迎えできることを、大変うれしく思います。
現在、日本には台風が接近しています。台風の影響はありますが、本日の講演が安全かつ滞りなく行われることを心より願っております。
本日、ロナルド・バーネット教授を本大会にお迎えできますことは、私たちにとって大きな名誉であり、喜びでもあります。
ここで、皆さまにバーネット教授をご紹介いたします。
ロナルド・バーネット教授は、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の高等教育学名誉教授であり、高等教育および高等教育哲学の分野における世界有数の研究者として、国際的に高く評価されています。
教授は55年以上にわたり、高等教育の哲学、目的および未来に関する研究の最前線に立ち、この分野に多大な貢献をしてこられました。
40冊を超える著書と150本を超える学術論文を発表されています。また、「超複雑性」や「エコロジカル・ユニバーシティ」といった影響力のある概念を提唱し、21世紀における大学の役割と使命について、新たな視座を示してきたことでも広く知られています。
教授の研究は、世界各地に大きな影響を与えています。40か国以上で150回を超える基調講演を行い、European Association for Institutional ResearchのDistinguished Scholar Awardをはじめ、数多くの国際的な賞を受賞されています。
本日、バーネット教授をお迎えできることを、心から光栄に思います。
皆さま、どうぞ温かい拍手でロナルド・バーネット教授をお迎えください。
それでは、バーネット教授、よろしくお願いいたします。
編集者注
以下は、ロナルド・バーネット教授による確認・修正を経た英語版基調講演録に基づく日本語訳である。
バーネット教授の講演
スライド1――タイトル
文先生、どうもありがとうございます。
日本では台風が来ているとのことですが、私が今お話ししているロンドンの自宅の書斎は、気温が30度を超えています。
ひょっとすると、今回の講演も皆さんにとって、もう一つの小さな台風になるかもしれません。さて、どうなるでしょうか。
この講演の機会をいただいたことを、私は大変光栄に思っています。お招きくださり、また温かく迎えてくださった砂川先生と文先生に、心より感謝申し上げます。本当に素晴らしいことです。
私はこれまで何度も日本を訪れる機会に恵まれました。文先生、先生の大学にも伺ったことがあります。このようにして、地球を隔てて再び皆さまとつながることができるのは、大きな喜びです。
それでは、前置きはこのくらいにして、始めることにしましょう。
私の講演のタイトルは、すでにご覧いただいていますように、
「シビック、グローバル、エコロジカル――大学の協働的使命に向けて」というものです。
このタイトルには、多くの意味が込められています。
本日は、その内容を皆さんと順にたどりながら、大学の前にある課題を明らかにし、私たちがどのように前へ進めるのかを考えていきたいと思います。
スライド2――問題の提示
私たちの前にある問題とは、何でしょうか。
それは、世界中の大学に共通する問題です。日本の大学政策の枠組みについて私が読んできた限りでは、これから私が指摘する問題は、日本にも大いに当てはまると思います。
大学には数多くの課題が押し寄せており、大学は、いわば複数の異なる領域に同時に生きることを余儀なくされています。
世界の多くの地域では、この30年ほど、大学の「第三の使命」について語られてきました。
教育と研究に加えて、大学は社会と関わることが期待されています。
その結果、大学が活動しうる三つの大きな領域が生まれています。
- シビックかつ地域的な領域
- 国家およびグローバルな領域
- エコロジカルな領域
近年では、大学が地域的な課題にどのように向き合うべきかが、ますます論じられるようになっています。
その次に、より広い国家的・グローバルな課題があります。私は、この二つを一つにまとめて考えます。そこには、例えば、テクノロジーをめぐる環境や国際的な環境に関する問題が含まれています。日本の政策的思考にも、こうした問題が表れていると私は見ています。
そして、私が「エコロジカルな領域」と呼ぶものがあります。
日本における皆さんの考え方を見ると、知恵、文化、環境、さらにはウェルビーイングについても語られています。
これらのテーマはいずれも、日本の高等教育政策に関する文書の中に現れています。そして私は、それらを「エコロジカル」という考え方の下にまとめたいと思います。
つまり、三つの大きな空間があります。
シビックかつ地域的な空間、国家的・グローバルな空間、そして環境をその全体性において捉える空間――要するに、エコロジカルな空間です。
問題は、大学がこの三つすべての空間に、しかも適切な仕方で同時に生きることが可能かどうかです。何しろ、それぞれの空間が、大学を異なる方向へ引っ張る可能性があります。
これが、本日の講演で皆さんと考えたい問題です。
スライド3――楽観的に考えよう
楽観的に考えましょう。
私の講演タイトルの最後には、疑問符がありません。私は、ここに重大な問題があると述べています。しかし、それが不可能だと言っているわけではありません。私は、それは可能だと申し上げたいのです。ただし問題は、一見不可能に見えるものから、どのようにして可能性を生み出すかです。
大学が三つの領域すべてに生きることは可能だと、私は希望し、信じたいと思います。そして、それらの領域を横断する何らかの整合性を、私たちが形づくっていけることを願っています。
世界中の大学は――日本では皆さんも強く意識されているでしょう――あらゆる方向から押し寄せてくる、さまざまなアジェンダや課題に応えなければなりません。私たちは、どうすればそれらすべての目的を実現できるのでしょうか。それは可能なのでしょうか。
しかし、可能であるならば、それをどのように可能にするのかについて、私たちはさらに多くのことを考えなければなりません。
スライド4――背景
まず、その背景を確認してみましょう。
大学は長い間、おそらく100年以上にわたって、イングランドでいうところの「シビックな機能」を自らが担っていると考えてきました。19世紀のイングランドでは、後に「シビック・ユニバーシティ」と呼ばれるようになった大学が、いくつも設立されました。
しかし、大学がシビックな機能を持つとは、どのような意味なのでしょうか。
今日、私たちは、そのシビックな機能の下に、いくつかのテーマを位置付けることができると思います。
- 環境の持続可能性
- 人間と地域社会の豊かな発展
- デジタル時代において豊かに生き、発展するとはどのようなことか
しかし、こうした課題を認識し始めると、すぐに別の課題が浮かび上がってきます。
公共善という概念、人間的繁栄という概念、持続可能性あるいは進歩という概念、そして世界の発展という問題です。
これらはすべて、今日の大学にとって重大な課題です。
そして、ここにはリスクもあります。世界各地で、さまざまな問題や課題が生じています。
一部の政府による高等教育への過度の統制、デジタル監視、大学の自律性の喪失、視野の制限、そして批判的思考の後退です。
今日の高等教育は、こうした大きな課題に向けて開かれていくまさにその過程で、これらすべてのリスクに直面しています。
スライド5――もう一つの概念――「エコロジカル」
ここで、もう一つの大きな概念を議論に加えたいと思います。
それが、「エコロジカル」という概念です。
では、私がいう「エコロジカル」とは、何を意味するのでしょうか。
エコロジカルという言葉によって、私は相互連関性を指し示したいと思います。
エコロジカルであるとは、システムがその内部でどのように相互に結びついているかを理解すると同時に、そのシステムがより広い世界とどのように結びついているかを理解することです。
したがって、その中心的な特徴は、内部と外部の双方における相互連関性にあります。
しかし、これらすべては、大きな動態、巨大な力の中で生じています。
私は世界をこのように捉えています。巨大な力、すなわちエコシステムが互いに作用し合い、高等教育のような大きな制度に、そして個人としての私たち自身にまで、その力を及ぼしています。
そして、それらは深刻な課題をもたらします。
第一に、すべてのエコシステムは損なわれています。何らかの形で傷つき、歪められ、本来持っている可能性を十分に実現できていません。この点については、後ほどさらに詳しくお話しします。
これらのエコシステムは、純粋でも完全でもありません。それどころか、多くの場合、損なわれています。傷つき、さまざまな障害を抱えています。
しかし同時に、それらには本来的な価値があります。これらのエコシステムは、世界にとって極めて重要です。それ自体として価値のあるものです。エコシステムやエコロジーについて語ることは、私たちの探究に価値という要素を導入することでもあります。
この世界には、こうしたメガ-エコシステムが存在します。それらは世界を形づくる主要な要素であり、制度も個人も、その中に巻き込まれ、その影響を受けています。
それらは単に、私たちの外部に存在するだけではありません。私たちの内側にも存在しています。
今日、私が皆さんにお話ししているこの瞬間にも、私が望むと望まざるとにかかわらず、そうした巨大なシステムは私の中に存在しているのです。
スライド6――タイトルなし
この図によって、大学の内部と周囲に存在するメガ-エコシステムの姿を捉えようとしています。
図の中心には、架空の一つの大学が置かれています。そして、その周囲には、八つのエコシステムがあります。
- 経済
- 政治
- 知識
- 学習
- 文化
- 自然環境
- 社会制度
- 人間のアイデンティティ
世界のどこにある大学であっても、大学はこの八つのエコシステムに取り囲まれています。
そして、この図を描いた後で、私はここに九つ目の円を加えなければならないと考えるようになりました。それは、テクノロジーです。
テクノロジーは今や、それ自体が一つの独立した力となり、






