第4節 AlphaGoやAlphaFoldはなぜASIではないのか〜第9節 優位性① 入出力速度
第4節 AlphaGoやAlphaFoldはなぜASIではないのか
AlphaGoは囲碁において、最高水準の人間棋士を超えました。
AlphaFoldは、タンパク質構造予測という科学的に極めて重要な分野で、研究活動を大きく変えました。Google DeepMindによれば、AlphaFoldのデータベースには、既知のタンパク質の大部分に相当する2億件以上の構造予測が収録されています。(Google DeepMind公式サイト)
しかし、どちらもこの報告書の意味におけるASIではありません。
理由は、能力が限定された領域に集中しているためです。
囲碁で人類を超えていても、法律、医療、政治、文学、工学、教育、社会的交渉を横断的に扱えなければ、汎用超知能ではありません。
同様に、タンパク質構造予測で圧倒的な能力を持っていても、他の広範な認知活動を遂行できないなら、ASIとは呼ばれません。
この区別は、
superhuman performanceとsuperhuman general intelligenceの違い
です。
前者は、限定された課題における超人的性能です。
後者は、ほぼあらゆる重要な領域を横断する超人的な一般知能です。
原報告書におけるASIは後者を意味します。(原報告書、Section 3)
第5節 ASIは一つの「人格」である必要はない
ASIという言葉から、多くの人は一つの巨大な人工頭脳を想像するでしょう。
SF作品に登場する中央コンピュータや、あらゆることを理解する単一の人工人格です。
しかし、原報告書のASI概念は、必ずしもそのような単一個体を意味しません。
報告書は、一つのASIが、世界と並行して相互作用する数百万のAIインスタンスからなる集合体である可能性を明示しています。(原報告書、Section 3)
たとえば、次のような構成が考えられます。
- 研究計画を作るAI
- 文献を調査するAI
- 数学的証明を行うAI
- 実験結果を評価するAI
- 仮説の欠陥を探すAI
- 新しい装置を設計するAI
- 社会的影響を分析するAI
- 全体の作業を統括するAI
これらが高速度で情報を共有し、必要に応じて複製され、専門化され、再編成されるなら、集合体全体として、人間の大規模研究組織を超える可能性があります。
したがって、ASIを理解する際には、
一体のAIがどれほど賢いか
だけを考えるのでは不十分です。
何体のAIが、どのように組織され、どの速度で知識を共有し、どの程度並列に活動できるか
を考える必要があります。
これは後に扱う「大規模マルチエージェント集合体」という、AGIからASIへの第四の経路に直結します。
第6節 知能を連続体として考える
AGIとASIを説明する際、原報告書はLegg–Hutterの知能尺度から着想を得ています。
Legg–Hutterの考え方では、知能とは概略的に、
多様な環境において目標を達成する能力
として捉えられます。
形式的には、エージェントがあらゆる計算可能な課題で示す平均的性能を測り、より単純な課題には大きな重みを与えるという構成になっています。(原報告書、Section 3)
この理論の詳細は非常に数学的ですが、この報告書で重要なのは次の発想です。
知能は、
知能がある
知能がない
という二分法ではありません。
また、
AGI
ASI
という二つの箱だけに分かれているわけでもありません。
知能には連続的な程度があります。
たとえば、
- 限定された課題だけに対応できるAI
- 多くの課題に対応できるが、人間にはまだ及ばないAI
- 平均的人間に近いAGI
- 人間の専門家に匹敵するAI
- 最高レベルの専門家を広範に上回るAI
- 大規模な人間組織を超えるASI
- 理論上の知能上限に近づくUniversal AI
という連続体を想定できます。
この観点から見ると、AGIは特別な魔法の境界ではありません。
人間の知能水準は、知能の連続体の中の一地点にすぎないのです。
第7節 なぜ厳密な境界を定めないのか
原報告書は、AGIとASIのLegg–Hutterスコアを具体的な数値で定義していません。
それは曖昧さというより、意図的な選択です。
第一に、人間の能力自体が一様ではありません。
ある人は言語に優れ、ある人は数学に優れ、別の人は社会的判断や身体的技能に優れています。
第二に、AIの能力も凹凸を持ちます。
数学では超人的でも、単純な現実判断で失敗することがあります。
第三に、社会的に重要な課題は時代とともに変化します。
現在は重要でない能力が将来重要になる可能性もあります。
そのため、AGIとASIの間に正確な点数の境界を引くよりも、
- AGIは一人の人間とおおむね同水準
- ASIは大規模な専門家組織を広範に超える
という明確な質的差を置く方が、技術経路を論じるうえでは有効なのです。(原報告書、Section 3)
第8節 人間とAIの違いは「頭のよさ」だけではない
デジタル知能の構造的優位
Section 3の最も重要な部分の一つが、Advantages of digital intelligence――デジタル知能の優位性です。
原報告書の議論によれば、人工知能の決定的な特徴は、そのアルゴリズム的記述、すなわちコードを知ることができる点にあります。
人間の精神を完全に記述し、同一の状態で複製することはできません。
しかしデジタルAIであれば、原理上は、
- コード
- パラメータ
- 記憶状態
- 学習履歴
を保存し、移動し、複製できます。
この性質は、単なる処理速度の差ではありません。
デジタル知能と生物的知能では、成長、学習、組織化、継承の仕組みそのものが異なることを意味します。(原報告書、Section 3)
原報告書のTable 1は、デジタル知能の優位性を六つに整理しています。
第9節 優位性① 入出力速度
AIは、情報を受け取り、結果を出力する速度を、計算資源と入出力装置の能力に応じて拡大できます。
現在の大規模言語モデルでも、短時間のうちに膨大な文書を読み込み、要約や分析を生成できます。
将来的にAIが高性能のセンサー、通信網、ロボット、科学機器に接続されれば、文字情報だけでなく、
- 映像
- 音声
- 医療画像
- 気象観測
- 衛星データ
- 実験装置
- 工場設備
- 市場データ
などを同時に処理できる可能性があります。
人間は、一度に読める文章量、見ることのできる映像、聞き取れる音声に厳しい限界があります。
一方、AIの入出力帯域は、ハードウェア、ネットワーク、並列処理の増強によって拡張できます。(原報告書、Section 3)
ここでの本質
重要なのは、単に「速く読む」ということではありません。
社会全体で生成される情報を、人間には不可能な規模で同時に把握できる可能性です。
一人の人間が読む文献には限界がありますが、AI集合体は世界中の新しい論文、特許、実験結果を継続的に監視し、相互関係を分析できるかもしれません。
