はじめに〜第3節 この報告書におけるASI
はじめに
第1回では、Google DeepMindの報告書『From AGI to ASI』が、AGIの実現を人工知能研究の最終地点とは見なしていないことを確認しました。
この報告書が本格的に扱うのは、人間レベルの人工汎用知能であるAGIから、人工超知能ASIへどのように移行し得るかという問題です。その議論を始める前に、原報告書のSection 3は、そもそもAGIとASIを何によって区別するのかを整理しています。(原報告書、Section 3)
一見すると、区別は簡単に思えます。
- AGIは人間と同程度のAI
- ASIは人間より優れたAI
しかし、これだけでは不十分です。
「どの人間」と比較するのでしょうか。
「平均的人間」一人でしょうか。世界最高の専門家でしょうか。それとも、数千人の専門家からなる研究組織でしょうか。
また、囲碁や数学のような一分野で人間を超えれば、ASIと呼べるのでしょうか。それとも、科学、経済、政治、教育、芸術、対人関係など、広範な分野で優れていなければならないのでしょうか。
Section 3の重要性は、この曖昧さを完全に解消することではありません。むしろ、AGIとASIの間に厳密な一本の境界線を引くことを避けながら、両者の間に存在する本質的な能力差を説明している点にあります。
本稿では、次の問題を詳しく検討します。
- AGIとASIは、どのように定義されているのか
- 知能を連続体として捉えるとはどういうことか
- デジタル知能は、生物的知能に対してどのような構造的優位を持つのか
- 多数のAGIを複製するだけでも、なぜASIに近づき得るのか
- それでもASIが全知全能ではないのはなぜか
第1節 「超知能」の“super”とは何を意味するのか
Section 3は、超知能の特徴は、それが文字どおり人間の知能を「超えている」ことだと述べるところから始まります。
しかし、直ちに三つの問いが生じます。
- どの課題において超えているのか
- どの種類の知能において超えているのか
- どの人間、あるいはどの人間集団と比較するのか
原報告書は、これらが複雑で、精密な議論を必要とする問題であることを認めています。Google DeepMindが以前に発表した『Levels of AGI』では、AIを能力の高さ、一般性、自律性などによって段階的に分類する枠組みが提示されています。しかし『From AGI to ASI』では、そうした細かな段階分類を主目的とはせず、議論のための比較的粗い定義を採用しています。(原報告書、Section 3)
その理由は、この報告書の中心的な目的が、
AGIとASIの境界線をミリ単位で決めることではなく、両者の間にどのような技術的経路が存在し得るかを検討すること
だからです。
第2節 この報告書におけるAGI
原報告書は、AGIを次のように位置付けています。
広範な認知的課題の大部分において、おおむね中央値に位置する一人の人間と同程度の知能を持つ人工システム。本シリーズでは、これを「平均的人間」と表記します。
ここで基準となるのは、最高の科学者や最も優秀な経営者ではなく、原則として中央値付近の一人の人間です。以前の『Levels of AGI』の分類を用いれば、これはおおむね“Competent AGI”に相当します。(原報告書、Section 3)
この定義には、いくつか注意すべき点があります。
2.1 すべての課題で人間と同じである必要はない
最初のAGIは、人間の能力を均等に再現するとは限りません。
すでに現在のAIは、一部の課題では人間を超えています。計算、大量情報の検索、特定のゲーム、パターン認識、文章生成などでは、一般の人間よりも高速または高精度で処理できる場合があります。
一方で、未知の現実環境への適応、長期的な自律行動、日常的常識、身体を通じた判断、曖昧な人間関係の理解などでは、能力が不安定である可能性があります。
したがって、AGIは人間の能力を滑らかに再現するシステムではなく、ある分野では超人的で、別の分野では人間以下という、凹凸のある能力分布を持つかもしれません。
原報告書が重視しているのは、個別能力の完全な一致ではなく、十分に広い範囲の認知的課題に対応できる一般性です。(原報告書、Section 3)
2.2 人間らしさは必須ではない
この定義は、AIが人間と同じ方法で考えることを要求していません。
人間と同じ感情を持つこと、人間と同じ意識を持つこと、脳と同じ構造で処理することも、AGIの必要条件には含まれていません。
あくまで、多様な環境と課題においてどの程度有効に学び、推論し、行動できるかという、能力上の定義です。
これは重要な点です。
AGIとは、人間の人工的な複製ではありません。
それは、人間とは異なる内部構造や情報処理方法を持ちながら、人間に匹敵する広範な認知能力を示すシステムであり得ます。
第3節 この報告書におけるASI
原報告書はASIを、単に一人の人間より優れたAIとは定義していません。
その基準ははるかに高く設定されています。
ASIとは、人間の関心と活動に関わるほぼすべての課題・領域において超人的能力を持ち、大規模な人間専門家集団をも上回る人工汎用知能である。
ここでいう大規模集団とは、数人の専門家チームではありません。
原報告書は、おおよそのイメージとして、何万人規模の高度に連携された専門家が、10年ほどかけて一つの問題に取り組む場合に相当する能力を例示しています。それは、一つの専門研究分野全体や、大企業の知的活動に近い規模です。(原報告書、Section 3)
つまり比較の尺度は、
- 「平均的人間」一人
- 一人の天才
- 一人の世界的専門家
ではありません。
大学、企業、研究機関、政府組織といった、人間の大規模な知的組織全体
が比較対象になります。
