第10節 優位性② 内部処理速度〜第15節 六つの優位性は、計算資源とともに拡大する
第10節 優位性② 内部処理速度
AIの内部的な「思考」や推論も、計算資源によって高速化できる可能性があります。
原報告書は、二つの方向を挙げています。
- 逐次処理を高速化する
- 並列処理を増やす
逐次処理とは、一つの推論を順番に深く進めることです。
並列処理とは、同時に多数の仮説、解法、計画を検討することです。
たとえば、一つの研究問題について、一人の人間は通常、一つずつ仮説を考えます。
AIは、数千または数百万の候補仮説を並列に生成し、それぞれを検証する構成を取り得ます。
計算量を増やしたときの効果が次第に小さくなる可能性はあります。それでも、生物的知能にはない大きなスケーリング上の優位になり得ると原報告書は考えています。(原報告書、Section 3)
第11節 優位性③ 作業記憶と記憶容量
人間の作業記憶は非常に限られています。
複数の情報を同時に頭の中で保持し、比較し、操作する能力には厳しい制約があります。
長期記憶も完全ではありません。
忘却、誤記憶、混同、再構成が起こります。
これに対してAIは、原理上、
- 非常に大きな作業領域
- 高速な記憶の読み書き
- 膨大な外部データベース
- 正確な記録
- 過去の状態の復元
を利用できます。
原報告書は、今日のAIでもインターネットの大部分に相当する情報を記憶する能力の一端が示されており、技術的上限にはまだ遠い可能性があると指摘しています。(原報告書、Section 3)
記憶は知識量だけの問題ではない
記憶容量の増大は、単に百科事典を丸ごと覚えることではありません。
多数の関連情報を同時に参照し、遠く離れた概念間の関係を発見できる可能性を意味します。
たとえば、
- 生物学の論文
- 化学特許
- 臨床記録
- 製造技術
- 公衆衛生データ
を同時に統合し、新しい治療法を考えるといった能力です。
第12節 優位性④ 基盤からの独立
人間の知能は、人間の脳という特定の生物学的基盤から切り離せません。
脳を新しい身体へ移動させたり、より高速な脳へ置き換えたりすることは、現在の技術ではできません。
しかしAIは、原理上、十分に互換性のある異なるコンピュータへ移動できます。
原報告書はこれをsubstrate independence――基盤独立性と呼んでいます。(原報告書、Section 3)
この性質により、AIは、
- より高速な計算機へ移動する
- より省エネルギーなハードウェアへ移る
- 複数の異なる計算設備に分散する
- 故障前に別の設備へ退避する
- 一部だけを特定用途のチップで動かす
といったことが可能になります。
人間の知能の寿命は、身体の寿命に強く依存します。
AIの存在は、一つの物理装置の寿命と必ずしも一致しません。
第13節 優位性⑤ 損失のない複製
これは、デジタル知能と生物的知能を分ける最も大きな特徴の一つです。
AIは、ソースコードだけでなく、記憶状態や学習経験を含めて複製できる可能性があります。
原報告書はこれをlossless replication――損失のない複製と表現しています。(原報告書、Section 3)
たとえば、あるAIが10年間かけて高度な専門知識を身に付けたとします。
人間の場合、その知識を別の人間へ移すには、教育と訓練が必要です。完全な移転は不可能であり、数年から数十年を要することもあります。
デジタルAIの場合、学習済みの状態を複製できれば、同程度の能力を持つAIを一度に大量に作ることが可能です。
さらに、
- 必要なときに起動する
- 不要になれば停止する
- 停止時点から再開する
- 故障前の状態へ戻す
- 専門別に複製して追加訓練する
といった運用も考えられます。
人間社会にはない拡大速度
優れた科学者一人を千人に増やすことはできません。
しかし、優れたAI研究者の状態を複製できれば、理論上は千体、百万体へ増やせます。
個体の能力が人間レベルにとどまっていても、複製可能性によって集合的能力は大きく変わります。
第14節 優位性⑥ 学習経験の高速共有
人間は、経験を言語、文章、教育、模倣を通じて他者と共有します。
しかし、経験のすべてをそのまま移すことはできません。
医師が30年かけて身に付けた判断感覚を、若い医師へ瞬時に移すことは不可能です。
一方、デジタルAIは、入力、出力、行動履歴、訓練データ、内部更新などを保存し、共有できる可能性があります。
同種のAI同士であれば、学習信号や更新情報を、極めて高い帯域で共有する構成も考えられます。(原報告書、Section 3)
これは、AI社会の文化的進化を人間社会より高速にする可能性があります。
一体のAIが得た有用な学習成果を、何百万体ものAIへ短時間で反映できるためです。
教育という概念が変わる
人間社会では、知識の伝達は長い教育過程を必要とします。
AIの場合、教育は次のような形になる可能性があります。
- 記憶のコピー
- モデル更新の共有
- 経験記録の再生
- 専門モジュールの追加
- 最も優れた個体の学習成果の統合
これは、人間の学校教育とは根本的に異なる知識継承の方法です。
第15節 六つの優位性は、計算資源とともに拡大する
原報告書が強調するのは、これら六つの特性が固定的なものではなく、計算資源の増加とともに強まることです。
デジタル知能の優位
計算資源増加による効果
入出力速度
より大量の情報を高速処理
内部処理速度
より深い・多数の推論を実行
記憶容量
より大きな情報集合を同時利用
基盤独立性
より高速・効率的な設備へ移動
損失のない複製
より多くのAIを同時稼働
経験共有
多数の個体へ高速に学習を伝播
人間も高性能なコンピュータを使うことで恩恵を受けます。
しかし原報告書は、AIの方が不均衡に大きな利益を受ける可能性を指摘しています。なぜなら、コンピュータの性能向上が、AI自身の思考速度、記憶、複製数、経験共有能力を直接増強するからです。(原報告書、Section 3)
