第1回 2/5 第3節 この報告書におけるAGIの意味〜第6節 なぜ今、この問題を論じるのか

Google DeepMind「From AGI to ASI」完全解説|第1回 / 全9回
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第3節 この報告書におけるAGIの意味〜第6節 なぜ今、この問題を論じるのか

第3節 この報告書におけるAGIの意味

AGIには統一された定義がありません。

研究者や企業によって、AGIという言葉が示す範囲は異なります。人間と同等の知能を意味する場合もあれば、人間より優れた能力を持つ汎用システムまで含める場合もあります。

Google DeepMindは以前の研究『Levels of AGI』において、AIの能力を、能力の高さと一般性という二つの軸で分類する枠組みを提示しています。そこでは、性能、汎用性、自律性を区別し、AIの発展段階を比較可能にすることが試みられました。(Google DeepMind)

『From AGI to ASI』では、議論を明確にするために、AGIを比較的限定された意味で使用しています。

この報告書におけるAGIとは、おおむね、

広範な認知的課題において、平均的な一人の人間と同程度の知能を持つ人工システム

です。

ここで重要なのは、「最高の人間」ではなく「平均的または中央値の人間」が基準とされていることです。

また、AGIはあらゆる課題で人間と同じ性能を持つ必要はありません。

現在のAIも、すでにチェス、囲碁、タンパク質構造予測、計算、情報検索など、特定の領域では人間を上回っています。したがって、最初のAGIも、一部の課題では人間を大幅に超え、別の課題では人間に劣るという、能力の凹凸を持つ可能性があります。

報告書が重視するのは、個々の課題で均一な能力を持つことではなく、広範な認知的活動を横断して機能できる一般性です。

第4節 ASIとは何か

ASIは、Artificial Superintelligence(人工超知能)を意味します。

ただし、「ある一つの分野で人間より優れているAI」はASIではありません。

AlphaGoは囲碁で世界最高水準の人間を上回りました。AlphaFoldはタンパク質構造予測において、人間の研究能力を大幅に拡張しました。しかし、これらは特定分野に特化したシステムです。

この報告書におけるASIとは、

人間にとって重要なほぼすべての知的課題と領域において、人間を大幅に上回る汎用的な人工知能

を指します。

さらに、比較対象は一人の人間だけではありません。

報告書の要約では、ASIを、数千人規模の専門家集団が長期間協力して達成する能力をも上回るシステムとして説明しています。(arXiv)

つまり、ASIとは単なる「非常に頭のよい個人」の人工版ではありません。

それは、大学、研究機関、企業、政府機関のような大規模組織の知的能力を超える可能性を持つシステムです。

また、ASIが一つの巨大なAIである必要もありません。

数百万のAIインスタンスが並列に稼働し、それぞれが研究、計画、実験、評価、交渉、設計などを担当する集合体が、全体としてASIを形成する可能性もあります。

この点は極めて重要です。

一般に「超知能」という言葉からは、一つの巨大な人格的知性が想像されがちです。しかし、DeepMindの報告書が想定するASIには、巨大な分散型組織や、多数のエージェントからなる集合的知能も含まれます。

第5節 「Life as we don’t know it?」という題名の意味

報告書のIntroductionには、

Life as we don’t know it?

という副題が付けられています。

通常、未知の生命を表現するときには、「life as we know it」、すなわち「私たちが知っている生命」という言い方が使われます。

それに対してこの表現は、私たちがこれまで経験したことのない知的存在や社会のあり方を示唆しています。

人類はこれまで、自分たちよりはるかに高度な一般知能と共存した経験を持っていません。

人間より高速に思考し、人間より多くの知識を保持し、疲労せず、複製可能で、互いに直接情報を共有できる知的主体が社会に存在したこともありません。

したがって、ASIの登場は、単なる新しい道具の登場ではない可能性があります。

それは、地球上の知的活動の構造そのものが変化する出来事になり得ます。

科学研究を誰が行うのか。

政策を誰が設計するのか。

企業を誰が経営するのか。

教育において、誰が知識を教え、誰が評価するのか。

文化や思想を誰が形成するのか。

こうした問いにおいて、人間が唯一の中心的な知的主体ではなくなる可能性があるからです。

第6節 なぜ今、この問題を論じるのか

著者たちは、過去10年間のAI発展が極めて急速だったことを、この報告書の出発点としています。

AI研究には、歴史的に見ても前例のない規模の計算資源、研究者、資金、企業組織が投入されています。フロンティアモデルは、以前は人間にしかできないと考えられていた認知的課題を次々と処理するようになっています。

報告書は、AGIが私たちの世代、場合によっては今後10年以内に実現する可能性を排除していません。(arXiv)

Google DeepMind自身も、2025年の安全性に関する文書において、AGIを「ほとんどの認知的課題で少なくとも人間と同程度に有能なAI」と位置付け、今後数年以内に実現する可能性に言及しています。(Google DeepMind)

ただし、ここで慎重さが必要です。

「数年以内に実現する可能性がある」ということは、「数年以内に必ず実現する」という意味ではありません。

AIの進歩には大きな不確実性があります。

現在の技術路線がそのままAGIへつながる可能性もあれば、データ、エネルギー、半導体、学習手法、推論能力、信頼性などの壁に直面する可能性もあります。

それでも、影響が極めて大きい以上、実現時期が不確実であることを理由に研究を先送りすることはできません。

AGIからASIへの移行に数十年かかるなら、人類には準備の時間があります。

しかし、AGIがAI研究そのものを加速し、数年、数か月、あるいはさらに短期間でASIへ接近するなら、AGIが実現してから対応を始めるのでは遅すぎる可能性があります。

この時間軸の不確実性こそが、この報告書を今書く必要性を生んでいます。