米国は世界の頭脳を自ら遠ざけるのか―「Duration of Status」制度の終焉と国際高等教育の転換点―

2026年7月17日、米国国土安全保障省は、留学生や交流訪問者に適用されてきた「Duration of Status(D/S)」制度を廃止し、原則として最長4年間の固定滞在期間へ移行する最終規則を公表した。規則は2026年9月15日に施行される予定であり、現在D/Sで滞在しているF・J資格保持者については移行措置が設けられている。

これまで、F-1留学生などは、学生として適切な身分を維持し、所定の学業を継続している限り、あらかじめ定められた入国期限を毎年更新することなく米国に滞在することができた。

新制度では、滞在期間に固定された上限が設けられ、博士課程など4年を超える課程では、学生が滞在期間の延長を申請し、改めて行政審査を受ける必要が生じる。

一見すると、これは移民行政上の手続き変更にすぎないように見える。しかし、その影響は、米国の高等教育、研究力、国際学生移動、そしてAI時代の人材獲得競争にまで及ぶ可能性がある。

「Duration of Status」とは何か

「Duration of Status」とは、学生が適切な在留資格を維持し、認められた教育課程に在籍している限り、その学業の継続期間に応じて滞在を認める仕組みである。

この制度では、入国時に滞在終了日を一律に設定するのではなく、学生としての資格が維持されているかどうかを滞在の根拠としていた。

博士課程、医学、工学、基礎科学など、修了までに長期間を要する分野では、研究の進展や論文作成の状況によって修了時期が変わることが珍しくない。

Duration of Statusは、そのような高等教育と研究活動の実態に適合した制度であった。

1979年以前は固定期間と延長申請が原則だった

今回の制度変更を理解するためには、1979年以前の制度を振り返る必要がある。

米国のF-1学生資格は、1952年の移民国籍法の下で整備されたが、当時の制度では、留学生に与えられる滞在期間は固定されていた。

とりわけ1970年代には、原則として1年間の滞在が認められ、それを超えて学業を継続する学生は、移民帰化局に滞在延長を申請する必要があった。

したがって、当時の学生も学位取得まで滞在することは可能であったが、そのためには、学生としての身分を維持していることを証明しながら、定期的に延長手続きを行わなければならなかった。

留学生数の増加に伴い、この制度は学生、大学、政府のすべてに大きな事務負担を生じさせた。

1979年改革の意味

1979年、米国政府は、留学生の滞在管理にDuration of Statusを導入した。

この改革の目的は、無制限の滞在を認めることでも、移民管理を放棄することでもなかった。

その中心にあったのは、実際の学業継続とは必ずしも関係のない反復的な延長申請を廃止し、行政手続きを合理化することであった。

つまり、1979年改革は、

「管理をやめた改革」ではなく、「不要な反復手続きをやめた改革」

であった。

学生は大学を通じて在籍状況を管理され、学生としての身分を失えば滞在資格も失う。

一方で、適切に学業を継続している学生については、政府に毎年同じ延長申請を提出させる必要はないと考えられたのである。

この制度は、その後約半世紀にわたり、米国高等教育が世界中から優秀な学生を惹きつけるための制度的基盤の一つとなった。

2026年の制度変更は何を変えるのか

新制度は、Duration of Statusに代えて、原則最長4年間の固定滞在期間を導入する。

4年以内に課程を修了できない場合には、学生は滞在期間の延長を申請し、審査を受けなければならない。

これは1979年以前の1年ごとの更新制度へ完全に戻るものではない。

しかし、

「適切な学生身分を維持している限り滞在できる」

という考え方から、

「まず固定された滞在期限があり、必要に応じて延長を申請する」

という考え方への明確な転換である。

制度の中心が、大学による在籍管理から、政府による個別の期限管理と延長審査へ移ることになる。

最も影響を受けるのは博士課程である

この変更の影響を最も受けるのは、博士課程の学生である。

米国の博士課程では、修了まで5年から7年、場合によってはそれ以上を要することも珍しくない。

AI、半導体、量子技術、生命科学、医学、基礎科学など、国家の研究競争力に直結する分野ほど、研究期間は長くなりやすい。

多くの学生について延長が認められるとしても、重要なのは、研究途中に行政上の不確実性が生じることである。

学生本人の学業成績や研究成果だけでなく、行政審査の時期、処理期間、追加資料の要求、政策運用の変化が、研究継続の予見可能性に影響を及ぼす。

優秀な学生ほど、研究に集中でき、将来の見通しを立てやすい国を選ぶ。

したがって、この制度変更は、米国留学を検討する学生の判断に影響を与える可能性がある。

「受け入れる国家」から「管理する国家」へ

米国政府は、新制度の目的として、不法滞在の防止、制度の透明性向上、安全保障、外国人滞在者の把握強化などを挙げている。

これらは国家として無視できない政策課題である。

しかし、高等教育の観点から見ると、制度が発するメッセージにも注意する必要がある。

Duration of Statusは、学生が適切に学び続けている限り、研究と教育の論理を尊重する制度であった。

固定期間制度は、学業の継続よりも、行政上の期限と審査を優先する。

その意味で今回の変更は、

世界中の人材を受け入れることを重視する制度から、外国人の滞在管理を重視する制度への転換

を象徴している。

国際高等教育の勢力図は変わるのか

国際学生は、授業料収入をもたらすだけの存在ではない。

彼らは、将来の研究者、起業家、技術者、政策担当者であり、大学と国家のイノベーション能力を支える人的基盤である。

現在、英国、EU、カナダ、オーストラリア、シンガポールなども、高度人材の獲得を重要な国家戦略としている。

各国にはそれぞれ移民政策上の制約があり、必ずしも一方向に受け入れを拡大しているわけではない。

それでも、学生が進学先を比較する際には、大学ランキングや研究水準だけでなく、

  • 在留制度の予見可能性
  • 学位取得までの安定性
  • 卒業後の就労機会
  • 家族帯同の条件
  • 政策変更の頻度
  • 国際学生に対する社会的環境

などが重要な判断材料となる。

米国が制度的な不確実性を高めれば、その一部は他国にとって人材獲得の機会となる可能性がある。

AI時代の人材獲得競争との矛盾

AI時代の国家競争力を左右する最も重要な資源の一つは、人材である。

米国の大学、研究機関、テクノロジー企業は、世界中から集まった研究者と技術者によって支えられてきた。

AI、半導体、量子技術、生命科学などの分野では、国籍を越えた知識の移動と研究者の集積が、イノベーションの前提となっている。

その意味で、今回の制度変更には明確な逆説がある。

米国はAIと先端技術における世界的主導権を維持しようとしている。

一方で、その研究力を支える国際学生と若手研究者の受け入れ制度については、より管理的で不確実性の高い方向へ動いている。

安全保障と人材獲得は、どちらか一方を選べばよい問題ではない。

問われるのは、必要な管理を行いながら、優秀な学生が安心して学び、研究を続けられる制度を設計できるかどうかである。

日本への示唆

この変化は、日本にとっても重要な意味を持つ。

日本は人口減少と研究力低下に直面しており、国際学生と高度人材の受け入れは、教育政策にとどまらず、国家の知識基盤を維持するための課題となっている。

日本が今後、

  • 英語による学位プログラム
  • 世界水準の研究環境
  • 柔軟で予見可能な在留制度
  • 学位取得後の就職・研究機会
  • 生活面と家族面での支援
  • 国際学生を大学と社会の構成員として受け入れる体制

を一体的に整備できれば、国際的な人材移動の変化を新たな機会へつなげることができる。

しかし、米国の制度が厳格化しただけで、優秀な学生が自動的に日本へ来るわけではない。

日本自身が、安心して学び、研究し、将来を築ける国であることを、制度と実績の双方で示す必要がある。

おわりに――制度は国家の哲学を映し出す

1979年のDuration of Status導入は、学生の在籍状況を管理しながら、不必要な反復手続きをなくし、学業と研究の実態に制度を適合させる改革であった。

2026年の固定期間制度への転換は、外国人の滞在を期限によって把握し、政府による審査を強化する方向を示している。

今回の変更を、単純に「開放から閉鎖への転換」とだけ評価することは適切ではない。

国家には、安全保障を確保し、制度の不正利用を防ぎ、移民行政を適切に運用する責任がある。

しかし同時に、大学と研究は、長期的な信頼、予見可能性、国際的な人材移動によって成り立っている。

問われているのは、

米国が世界の優秀な人材を管理の対象として見るのか、それとも自国の大学、科学、産業、社会をともに築く存在として迎えるのか

ということである。

AI時代の国家競争力は、研究予算、大学ランキング、計算資源だけで決まるものではない。

世界中の若者が、

「この国なら安心して学び、研究し、自らの可能性を発揮できる」

と感じられる制度を備えているかどうかが、その国の長期的な知的競争力を左右するのである。

参考資料